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Teensy 4.1をモジュラーシンセ開発プラットフォームとして調査した

Author: Takazudo | 作成: 2026/02/19

概要

DigiKeyでUSB-PD ICのデバッグ用にNUCLEOボードを買おうとしたところ、送料を抑えるためにもう少し何か追加したくなった。そこからモジュラーシンセのデジタルモジュール開発に使えるものを探し始め、最終的にTeensy 4.1に辿り着いた。調べてみるとTeensy 4.1のEurorackエコシステムが予想以上に充実していたので、そのリサーチ結果のまとめ。

きっかけ: DigiKeyの送料問題

自分はzudo-pdという自作USB-PD電源モジュール(モジュラーシンセ用)を開発している。PCBA v1のデバッグ中に、STUSB4500のNVMプログラミング用としてNUCLEO-F072RBボード(約2,200円)をDigiKeyで購入する必要があった。

DigiKeyは一定額以上で送料が安くなるので、あと約4,000円分何かを追加したい。せっかくならモジュラーシンセのデジタルモジュール開発に使えるものが良い。

最初の調査: Mutable Instruments方面

まず思い浮かんだのはMutable Instrumentsのような既存モジュールのファームウェア書き換え。Mutable InstrumentsのモジュールはSTM32ベースなので、ファームウェアを書き換えるにはSWDプログラマーが必要。DigiKeyで売っているSTLINK-V3MINIE(約1,809円)が候補になった。

ただ、調べていくうちにNUCLEO-F072RB自体がSWDプログラマーとして使えることがわかった。CN2のジャンパーを外すだけでSTM32のSWDプログラマーになる。つまりSTLINK-V3MINIEを追加購入する必要がない。

プラットフォームの再考

ここで少し立ち止まった。Mutable Instrumentsは素晴らしいモジュール群だが、設計としては「昔の話」になりつつある。今はもっとハイスペックなプラットフォームがある。

ここで重要な発見があった。現代のプラットフォームはほとんどUSB経由でプログラミングできるため、外部プログラマーが不要。STM32時代のSWDプログラマーが必要という前提自体がもう古い。

Teensy 4.1に決定

色々調べた結果、Teensy 4.1をDigiKeyで追加購入することに決めた。DigiKeyではSparkFun DEV-16771として販売されている。

スペックは以下の通り。

  • プロセッサ: NXP i.MX RT1062, ARM Cortex-M7 @ 600MHz
  • Flash: 8MB
  • RAM: 1MB(512KB tightly coupled)
  • PSRAM: 最大16MB追加可能(2スロット)
  • SDカードスロット内蔵
  • USB Host対応
  • プログラミング: USB経由(Arduino IDE / PlatformIO)、外部プログラマー不要

600MHzのARM Cortex-M7が載っていて、USBケーブル1本でプログラミングできる。送料節約のための追加購入としては十分すぎるスペック。

注記

DigiKeyでTeensy 4.1を買う場合、SparkFun DEV-16771を選ぶこと。SparkFun 28370 "Lockable"版というのもあるが、こちらは一度しか書き込めないので開発用途には向かない。

ADCの注意点

一つ注意点がある。Teensy 4.1のオンチップADCは、スペック上は12ビットだが実質10ビット程度の精度しかない。EurorackのCV入力では1V/octの精度が求められるので、オンチップADCだと精度が足りない。精密なCV入力には外部ADC(AD7606等)が必要になる。

これは後述するOrnament & Crimeプロジェクトでも外部16bit ADCを採用しているところを見ると、Teensy Eurorackコミュニティでは既知の問題の模様。

Teensy Eurorackエコシステムの調査

Teensy 4.1を使ったEurorackモジュールの既存事例を調べてみた。かなり活発なエコシステムがあった。

キャリアボード / シールド

Teensy単体ではEurorackの電圧レベル(+/-5Vや+/-10V)を扱えないので、キャリアボードやシールドが必要になる。

1010music Euroshield 1

商用キャリアボード。2x audio in/out、MIDI、2ノブ、Teensy 3.x/4.x対応。

newdigate/teensy-eurorack

オープンソースのキャリアボード。14 analog in / 16 analog out(16-bit)、6-in/8-out 24-bit audio。調べた中では最も高機能なオープンソースシールド。

Fora888 Universal Teensy 4.0 Eurorack Shield

オープンソース、軽量構成。2x 24-bit audio in/out。

Teensy 4 Audio Shield(PJRC公式)

SGTL5000コーデックを載せた公式オーディオシールド。そのままだとライン/ヘッドフォンレベルなので、Eurorackの電圧レベルに対応するには追加回路が必要。

商用モジュール

TLM Audio O_C 4.1

Ornament & CrimeのTeensy 4.1版。Phazerville Suite対応。8 CV out、8 CV in、4 trigger in、stereo audio。Paul Stoffregen(PJRC)が設計しているという点が注目。PJRCはTeensy自体のメーカーなので、リファレンスデザインとしての信頼性が高い。

Deftaudio Teensy 4.1 8x14 1U MIDI and Audio Interface

MIDIルーティングハブ + オーディオインターフェース。オープンソース。

オープンソースプロジェクト

O_C T41

Paul Stoffregen設計のOrnament & Crime Teensy 4.1リファレンスハードウェア。外部16bit ADC、DMA、PSRAM対応。

Phazerville Suite

O&Cの拡張ファームウェア。Quadrants(4アプリ同時実行)、バックグラウンドオーディオエンジンなど、オリジナルのO&Cを大幅に拡張している。

squares-and-circles

O&C向けの代替ファームウェア。ドラム/シンセ/エフェクトエンジンを搭載。

ghostintranslation

Teensy 4.0ベースのモジュールシリーズ。PSYC03、DS909、DS9、FM Synth、BYTEなど、多数のモジュールをオープンソースで公開している。MOTHERBOARDというプラットフォームで、MIDIベースのモジュール間通信を実現しているのが独自のアプローチ。

Triple Voice Wavetable Synthesizer

Teensy 4.1で16MB PSRAMを使用し、2048のSerum互換ウェーブテーブルを搭載。PSRAMの実用例として参考になる。

Cutlasses Instruments

Glitch Delay、Audio Freeze、KhronoKrusher等のエフェクトモジュール。

usb_midi_clocker

MIDIクロックジェネレーター&USB-MIDIハブ。

ライブラリ

Teensy Audio Library(公式)

ストリーミングオーディオツールキット。グラフィカルデザインツールでオーディオパスを設計できるのが特徴。

DaisySP_Teensy

Electro-Smith DaisySP DSPライブラリのTeensy移植版。Mutable Instrumentsのソースコード由来のDSPアルゴリズムも含まれている。

書籍

Teensy MCUでEurorackモジュールを作るための包括的なガイドが出版されている。

調査してわかったこと

調べてみて見えてきたことがいくつかある。

  • Ornament & Crime(O&C)プラットフォームがTeensy 4.x Eurorackの事実上の標準になっている。O&Cベースのファームウェアが複数あって、どれもアクティブに開発されている
  • オンチップADCの精度問題はコミュニティで広く認識されていて、CV入力の精度が必要なプロジェクトでは外部ADCが標準的な選択肢になっている
  • PSRAM(最大16MB追加可能)の用途がかなり広い。グラニュラーシンセ、ロングディレイ、ウェーブテーブル保存など、メモリを大量に使うDSP処理に活用されている
  • SDカードスロットもウェーブテーブル保存、パッチリコール、サンプル再生など実用的な用途が多い
  • ghostintranslationのMOTHERBOARDプラットフォームのように、MIDI over USBでモジュール間通信するという独自のアプローチもある

まとめ

DigiKeyの送料を節約するためにTeensy 4.1を追加購入しただけなのだが、調査してみるとTeensy 4.1のEurorackエコシステムはかなり充実していた。特にOrnament & Crimeプラットフォームとその派生ファームウェア群は、モジュラーシンセの「デジタルモジュール入門」として良い出発点になりそう。

リンク集は後で参照用として残しておく。将来的にデジタルモジュール開発に手を出す際のスタート地点ということで。