USB-PDとは何か? ― 普段使っているのに意外と知らないUSB電力供給の仕組み
概要
スマホを充電器に繋ぐと速く充電される。ノートPCもUSB-Cケーブル1本で充電できる。これは「USB-PD(USB Power Delivery)」という仕組みのおかげなのだが、実際にこの仕組みがどう動いているのかを知っている人はかなり少ない。自分はモジュラーシンセサイザー用の電源基板を設計していて、USB-PDで15Vを取り出す必要があったので色々調べた。調べてみると、毎日使っているのに全然知らなかったことがかなりあった。そのまとめ。
昔のUSBは単純だった
USB-PDの話をする前に、昔のUSBの電源供給がどうだったかを思い出してみる。
USB 2.0は5V、500mA(2.5W)。USB 3.0は5V、900mA(4.5W)。どちらも電圧は5V固定。水道の蛇口に例えるなら、常に同じ水圧で水が出てくる蛇口みたいなもの。ケーブルを繋げば5Vが来る。それだけ。シンプル。
これで十分だった時代があった。USBマウスやキーボード、USBメモリぐらいなら2.5Wで問題ない。ところがスマホが高機能化し、タブレットが登場し、ノートPCもUSBで充電したいという話になってくると、5V/500mAでは全く足りない。
USB-PDは「交渉」する
USB-PDが従来のUSBと根本的に違うのは、デバイスと充電器が「会話」するという点。
従来のUSBは繋げば5Vが出る。何も考えなくていい。USB-PDはそうじゃない。充電器とデバイスの間で、以下のようなやりとりが行われる。
- ケーブルを繋ぐと、充電器はまず安全な5Vを供給する(デフォルト)
- デバイスが「自分はもっと高い電圧を受けられます。何が出せますか?」と聞く
- 充電器が「5V、9V、15V、20Vが出せます」と返答する
- デバイスが「じゃあ15Vをください」と選択する
- 充電器が15Vに切り替える
これが1秒もかからずに行われる。レストランで注文するようなもので、メニュー(充電器が出せる電圧)を見て、自分が欲しいもの(デバイスが必要な電圧)を選ぶ。
この交渉は、USB-Cコネクタの中にある「CC(Configuration Channel)」という小さなピンを通じて行われる。USB-Cコネクタがどちら向きに挿しても使えるのも、このCCピンのおかげ。CCピンでケーブルの向きを検出している。
USB-PDで使われる「このデバイスは5V/9V/15V/20Vを出せます」というメニューのことを、技術的にはPDO(Power Data Object)と呼ぶ。充電器のスペックシートで「PDO: 5V/3A, 9V/3A, 15V/3A, 20V/5A」のような記載を見かけたら、それはこの充電器が出せる電圧と電流の組み合わせ一覧ということ。
充電器は「ただのUSBプラグ」ではない
USB-PD対応の充電器の中身は、見た目の小ささからは想像しにくいほど複雑な電子機器になっている。
従来のUSB充電器は、AC(コンセントの交流電源)を5Vの直流に変換するだけのシンプルな回路だった。USB-PD充電器は、それに加えて以下のような機能を持っている。
- PD交渉を行うためのコントローラIC
- デバイスの要求に応じて出力電圧を切り替えるDC-DCコンバーター
- 過電流・過電圧保護回路
つまりUSB-PD充電器は、デバイスと通信して電圧を動的に変える「賢い電源装置」であって、単なるACアダプタとは設計レベルで全く違うもの。
USB-PDハブが存在しない理由
従来のUSBハブは至るところで見かける。PCに繋いで、マウス、キーボード、USBメモリをまとめて接続するアレ。あれは基本的に5Vを分配しているだけなので、構造はシンプル。
ところが「USB-PDハブ」というものは存在しない。なぜかというと、USB-PDの電圧交渉はポートごとに個別に行う必要があるから。ポートAに繋がったノートPCは20Vを要求し、ポートBに繋がったスマホは9Vを要求する、みたいなことが起きる。これを実現するには、ポートごとにPDコントローラとDC-DCコンバーターが必要になる。さらに全体の電力を管理するMCU(マイコン)も必要になる。
結果的に、USB-PDの「ハブ」は存在せず、代わりにマルチポートの「充電器」という形で売られている。これはUSBデータ通信のハブとは全く別の製品で、電力供給に特化した製品。
マルチポートUSB-PD充電器の内部構造はこうなっている。
- AC→DC変換回路(コンセントの交流を直流に変換する部分)
- 全体の電力バジェットを管理するMCU
- ポートごとのDC-DCコンバーター + PDコントローラ
- 動的な電力配分ロジック
従来のUSBハブが「5Vの分配器」なら、マルチポートUSB-PD充電器は「ポートごとに電圧と電流を個別制御する小さな発電所」みたいなもの。
マルチポート充電器の電力分配
マルチポートのUSB-PD充電器を使っていて、2台目のデバイスを繋いだ途端に1台目の充電速度が落ちた、という経験がある人もいるかもしれない。
例えば200Wの4ポート充電器の場合、こんな風に動く。
- デバイスを1台だけ繋ぐ → そのポートに最大100W
- 2台目を繋ぐ → MCUが再交渉して100W + 65Wみたいに再配分
- 3台目を繋ぐ → さらに再配分
充電器のMCUが全体の電力バジェット(この場合200W)の範囲内で各ポートに電力を割り当てている。このため、充電器メーカーは「電力配分テーブル」を公開していることが多い。「ポート1のみ使用: 100W」「ポート1+2使用: 65W+65W」のような表。
「65W充電器」と書いてあっても、それは最大出力が65Wということであって、全ポートで65Wが出るわけではない。ポートごとの出力を確認するのが大事。
GaN充電器が小さい理由
最近のUSB-PD充電器がやたら小さいのは、GaN(窒化ガリウム)という半導体素材のおかげ。
従来のシリコンベースの充電器は効率が約85%ぐらいで、残りの15%は熱になる。GaNは効率が約95%まで上がるので、発熱が少ない。発熱が少ないとヒートシンク(放熱部品)を小さくできるので、充電器全体が小さくなる。昔のノートPC用ACアダプタがレンガみたいなサイズだったのは、シリコンベースで効率が低く、大きな放熱構造が必要だったから。GaNになったことで、同じワット数でもかなりコンパクトになった。
USB PDのバージョン
USB PDにはバージョンがある。ざっくりまとめると以下のような違い。
- PD 2.0: 固定電圧(5V / 9V / 15V / 20V)から選択する方式。「メニューから選ぶ」スタイル
- PD 3.0: PPS(Programmable Power Supply)が追加された。固定電圧だけでなく、範囲内の任意の電圧を要求できる。例えば「8.4Vをください」みたいな細かい指定が可能
PPSはスマホのバッテリー充電の最適化に使われることが多い。バッテリーの充電状態に合わせて電圧を細かく調整できるので、発熱を抑えつつ効率よく充電できる。
ただ、一般的な用途ではPD 2.0の固定電圧で十分なことがほとんど。PD 3.0 + PPSが実用的に効いてくるのは、PPS対応のスマホを使っている場合ぐらい。
充電器選びの実用的なポイント
USB-PDの仕組みがわかると、充電器選びの見方が変わってくる。いくつか実用的なポイントをまとめておく。
PDOを確認する
充電器が「何Vを出せるか」を確認する。安い充電器だと、5V / 9V / 20Vだけで15Vをスキップしていることがある。15Vが必要なデバイスを使う場合、15VのPDOがない充電器では正常に動作しない可能性がある。
ポートごとの出力を確認する
「65W充電器」と書いてあっても、それは単独ポート使用時の最大出力であることが多い。複数ポートを同時に使う場合の配分を確認しておくと良い。
GaN充電器はおすすめ
効率が良く、サイズが小さく、発熱も少ない。価格差がそこまで大きくないなら、GaN搭載のものを選ぶのが良さそう。
よくわからないブランドは避ける
USB-PDは充電器とデバイスの通信プロトコルなので、充電器側の実装品質が重要。ノーブランド品だと電圧が不安定だったり、標準的な電圧をスキップしていたりすることがある。
マルチポート充電器のメリット
複数デバイスを充電する場合、別々の充電器を使うよりも1台のマルチポート充電器を使ったほうが良い場合がある。理由の一つはGND(グラウンド)が共有されること。別々の充電器を使うとそれぞれのGND電位が微妙に違う場合があり、オーディオ機器だとノイズやハムの原因になることがある。1台の充電器で共有GNDにすれば、この問題が起きにくい。
具体的な充電器の例
参考までに、15V PDOをサポートしていてスペック上は信頼できそうな充電器をいくつか挙げておく。自分で全て実機確認したわけではなく、公開スペックとレビューを見てピックアップしたもの。
シングルポート(シンプルに1台充電)
| ブランド | モデル | 出力 | 15V対応 | ポート数 | 価格帯(税込目安) |
|---|---|---|---|---|---|
| Anker | Nano II 65W | 65W | 15V/3A | 1x USB-C | 約4,000円 |
| Anker | Nano II 45W | 45W | 15V/3A | 1x USB-C | 約3,000円 |
| BESTEK | G651CA1 65W | 65W | 15V/3A | 1x USB-C + 1x USB-A | 約3,000円 |
マルチポート(複数デバイスを同時充電)
| ブランド | モデル | 出力 | 15V対応 | ポート数 | 価格帯(税込目安) |
|---|---|---|---|---|---|
| UGREEN | Nexode 65W | 65W | 15V/3A | 2x USB-C + 1x USB-A | 約4,500円 |
| Belkin | WCH013dq 65W | 65W | 15V | 2x USB-C | 約5,000円 |
| CIO | NovaPort SLIM 45W | 45W | 15V | 2x USB-C | 約4,000円 |
いずれもGaN搭載で小型。Anker Nano II 65Wは5V/3A、9V/3A、15V/3A、20V/3.25AというPDOラインナップをスペックシートに明記している。UGREEN Nexode 65WはPD 3.0 + PPS対応で、ポート数の割に価格が控えめ。ただし、マルチポート充電器は同時使用時の電力配分が変わるので、購入前にメーカーの配分表を確認しておくのが良い。
購入前の確認ポイント
- 商品ページで「PDO」の記載を確認する。「5V/9V/15V/20V」のように15Vが含まれているか
- 15V出力時の電流が3A以上あるか(= 45W以上)
- 日本で使う場合はPSEマーク付きか
- レビューで安定性に関する報告がないか
余談
自分がUSB-PDについて詳しく調べることになったのは、モジュラーシンセサイザー用の電源基板(zudo-pd)を設計しているから。USB-C PDで15Vを受けて、+12V / -12V / +5Vに変換する基板。USB-PDコントローラICの選定ではCH224DからSTUSB4500に切り替えたり、v1基板で致命的なバグを3つ出したり、なかなか大変だった。
ただ、USB-PDの仕組みを理解してから充電器の選び方が変わった。スペックシートのPDO一覧を見て「15Vが入っているか」を確認するようになった。毎日使っている技術の裏側を知るというのは、実用的にも役に立つ。